line
Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.91
日本緩和医療学会ニューズレター
May 2021  91
よもやま話
緩和ケア病棟開設中間報告
〜どんなところに緩和ケア病棟をつくろうとしているのか〜
釧路労災病院 緩和ケア内科
小田 浩之

 釧路・根室医療圏にようやく緩和ケア病棟ができる見込みが立った。釧路労災病院と市立釧路総合病院が来年4月、ほぼ同時オープンの予定で準備を進めている。釧路・根室医療圏は全国の三次医療圏レベルで唯一の緩和ケア病棟空白区である。ジグソーパズルの最後のピースがハマろうとしている。
 釧路・根室医療圏は日本の端っこである。東京からも札幌からも、そればかりか隣接する医療圏の中心都市である帯広や北見からも、それはそれは遠い。だから住民のほとんどは、病気になったらこの地域の病院に通う。がんで亡くなる毎年1,200人の患者さんも例外ではない。ただし、この地域にはこれまで緩和ケア病棟がなかった。在宅医療も普及しているとはとても言えない。だからがん患者の亡くなる場所は、ほぼ病院の一般病棟であった。
 そもそも全国では、2018年の時点ですでにがん死亡患者の17.3%、つまり6人に1人が緩和ケア病棟で亡くなっており、これは在宅死の1.4倍にあたる(参考文献参照。特に注釈がない限り以下のデータも同じ)。緩和ケア病棟のある二次医療圏の中央値は23.3%、つまり4.3人に1人である。なかには50%を超える医療圏も5つあった。もっともこれには近隣の医療圏からのがん患者の流入というからくりがあるから数字を鵜呑みにはできないが、都道府県単位でみればそのからくりはほとんど影響していないはずで、がん死亡者に占める緩和ケア病棟死亡退院者の割合が一番高かった福岡県が30.8%だったから、がん患者の3人に1人くらいが最後の時間を緩和ケア病棟で過ごす地域があってもおかしなことではない。
 そのくらいに、わが国の緩和ケア病棟はがん終末期の療養場所の有力な選択肢として定着している。この地に緩和ケア病棟ができることは、国民の当然の権利である医療アクセスが確保されることだと考えて、そう間違いではない。
 釧路・根室医療圏の人口は2021年2月の住民基本台帳ベースで296,450人である。緩和ケア病棟が立地する人口規模の目安は24〜25万人であるから、緩和ケア病棟が立地するポテンシャルはある。また近頃の緩和ケア病棟の設置主体の中心は大規模総合病院で、地方都市の緩和ケア病棟の47.0%、過疎地域にあっては61.3%はがん診療連携拠点病院などが設置している。釧路労災病院と市立釧路総合病院はともにがん診療連携拠点病院で、釧路・根室医療圏のがん死亡患者の4割がこの2つの病院に集中しており、僕の試算では、両病院に標準的な緩和ケア病棟を設置するのであれば、院内・院外がん患者の常識的な範囲の転棟・転院で健全な病床利用率は確保できる。両病院が重かった腰をようやく上げたのは勝機があってのことである。

 しかし、である。
 釧路・根室医療圏は広い。面積9,496km2(北方領土を除く)は東京都の4.3倍。平成27年国勢調査によれば人口集中地区(DID)の人口は全体の49.8%で、人口の半分はこの広いエリアに散居している。医療圏には概ね60km以内の間隔で地域の基幹病院が立地しているが、いずれも規模は大きくなく(55〜180床)緩和ケア内科などはなく、例えばがん性疼痛に対するオピオイド処方にも種々の制約がある。そこで僕の外来には150km離れた羅臼町からも患者が通う。150kmというのは東京からなら軽井沢、大阪からなら天橋立くらいの距離で、しかも東京、大阪と違ってその間には鉄道はなく、公共交通機関は一日2便、片道3時間半のバスである。
 そこに緩和ケア病棟。まるで太平洋の真ん中にぽつんと浮かべられる2隻の戦艦である。そこに必要とされるのは艦砲の配備以上に、太平洋に散らばる戦力を支援する旗艦としての機能だろう。この緩和ケア病棟は地域の患者を集めればよいというものではないし、在宅療養の患者を外来でフォローするにも限界がある。緩和ケア病棟としての施設・設備の整備やスタッフのスキルアップも大事だが、きっとそれ以上に、地域医療機関への診療支援や患者の円滑な紹介体制の構築など、地域連携をどう作り上げるかが、この医療圏に役立つ緩和ケア病棟になるかどうかの鍵を握るにちがいない。都会の緩和ケア病棟とは求められる役割は違うはずだが、このあたりの戦略はまだ何もできていない。

 しかも、である。
 まだ緩和ケア病棟ができてもいないのに「あの病棟に入ったら最後だと聞いたので行きたくない」と外来でおっしゃる患者がいたとの話がもう耳に届いた。田舎の噂の一人歩きは恐ろしい。住民にとっても病院のスタッフにとっても初めての緩和ケア病棟である。さっそく新聞取材や地元FM放送出演の機会を得ては「日常生活の延長線にある緩和ケア」「ターミナル(終着駅)というよりもガソリンスタンドのイメージ」などと宣伝を始めたが、緩和ケア病棟は何が行われ、何を目指すところなのか、コンセプトの明確化と普及啓発・教育活動に入念に取り組んでいかなければならないことに気がついた。
 釧路労災病院では以前から副院長の小笠原和宏先生が緩和ケア病棟開設を目指してこられ、そこに僕が飛び込み、事務方が献身的な働きをみせた。市立釧路総合病院では、僕よりも先に岡澤林太郎先生が赴任され、緩和ケア病棟開設に努力されてきた。岡澤先生とはいろいろ情報交換などさせていただいた。一緒に頑張った。こんなところでは言えないようないろいろなことを乗り越えながら頑張った。その結果、時間はかかったがようやく形が見えてきた。日本の端っこにも緩和ケア病棟はできる。だがまだまだ、魂を入れるのはこれからである。

(参考文献:J-STAGEでご覧いただけますのでぜひどうぞ)
小田浩之, 竹宮健司:緩和ケア病棟の整備及び利用に関する変遷と現況, 日本建築学会技術報告集, 第26巻第64号, p1078〜83, 2020. 10

Close