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Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.91
日本緩和医療学会ニューズレター
May 2021  91
巻頭言
しなやかに今を生きる
富山赤十字病院 呼吸器外科・緩和治療センター
小林 孝一郎



 約1年半前に始まったCOVID-19は、度重なる緊急事態宣言にも関わらず、依然として収束する気配はありません。待望のワクチン接種が始まったものの、変異株による感染の再拡大傾向が続いており、まだまだ予断を許さない状況にあります。この間、学術大会はWEB開催となり、各種セミナーもWEB開催または中止となりました。会議もすべてオンラインとなり、直接人と会うことができなくなってしまいました。出張がなくなったことで、経費も時間も大幅に削減され、効率的にはなりました。このスタイルは、ニューノーマルとして、定着するかもしれません。しかし、時間を作るのが大変でも、旅するワクワク感、読書をしたり、音楽を聴きながら思いを巡らせたり、この非日常的な空間や時間が私は好きでした。そして、大切な仲間との出会いに心を躍らせ、何気ない会話の中にも新しい発見があり、一見無駄とされることの中にこそ、成長の種があったように思います。しかし、COVID-19が終息しても、完全にもとの社会に戻ることはないでしょう。今年に入って早々、病気で父を亡くしました。幸せな日々が永遠に続くように思えたのは幻想であり、この世は無常であることを痛感しました。
 COVID-19のパンデミックは世界を揺るがし、世界保健機関は100年に一度の公衆衛生上の危機との見方を示しています。近年は、何十年ぶりと言った自然災害をよく耳にします。観測史上初めてとか、50年ぶりとかの大雨や大雪、そして大型台風などによる大規模な自然災害に見舞われることが増えています。また、歴史を振り返ると、日本列島に暮らしてきた祖先は、これまでに幾度となく大地震や大津波、大噴火に翻弄されてきました。南海トラフでは約100〜200年の間隔で蓄積されたひずみを解放する大地震が発生しており、今後30年以内にM8〜M9クラスの巨大地震が発生する確率は70%〜80%と予想されています。また、今後100年間に発生する確率は1%ながら、北アルプスや九州地方においてひとたび超巨大噴火が起きれば、火山近郊は火砕流に埋没し、遠方でも多量の降灰によって都市機能が麻痺するため、日本列島のほぼ全域で交通網とライフラインがストップする最悪の事態も懸念されています。
 私たちの人生や社会には、どうにも変えられない、解決法や処理法がないような事象に満ちています。叡智を巡らせ、このような自然災害に備えることはとても重要ですが、完全な解決策があるわけではありませんし、身構えていても直ぐに起こるわけでもありません。不安を抱えながらも、日々を生きていくためには、ネガティブ・ケイパビリティと呼ばれる、答えの出ない事態に耐える力が必要です。急がず、焦らず、耐えていく力が、不条理な世の中を生きていくためには必要なのです。そして、抗うことのできない厄災に見舞われても、心が折れることなく、状況に合わせて柔軟に生き延びようとする力、レジリエンスを高めることも重要だと考えています。また、過去は決して変えることができず、未来に安定と安全を保障してくれるものもありません。私たちが生きられるのは、現在のこの瞬間をおいて他にはありません。未来に怯えることなく、精一杯、しなやかに今を生きる。COVID-19禍に学び、そんな風にこれからを生きていきたいと思っています。

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