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Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.92
日本緩和医療学会ニューズレター
Aug 2021  92
Current Insight
自分でも書きたくない、他人にも書かせたくないACP
Oregon Health & Science University
和泉 成子



 今春、父の介護のために久しぶりに日本に帰国したときに上野千鶴子氏の「在宅ひとり死のススメ」(文春新書)を読む機会を得ました。上野氏はベストセラー「おひとりさまの老後」を書かれた社会学者でジェンダー・介護に関する研究をされている方です。この本を読みながら最近の日本の高齢多死社会事情についていろいろと学ぶことができましたが、第7章「死の自己決定は可能か?」を読んだとき、ハッとさせられた箇所があります。同章のなかでは、不適切な説明の結果「自己決定」で透析を中止し死亡した方の例、事前指示書や人生会議の意味や盲点などについて述べられていますが、一番気になったのは「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)を勧める立場にいるんですけどねえ…でも、内心、気が進まないんですよ。自分でも書きたくないし、他人にも書かせたくない」というつぶやきを医療・介護業界で働く上野氏の友人たちが漏らしている点です。
 私はアメリカで医療者を対象にACPの話し合いのためのコミュニケーション技術の教育と、現場へのACP導入を検証する研究に携わっています。その中で医療者がACPの導入に抵抗もしくは躊躇するということはよくあります。理由の大半としては、エンド・オブ・ライフケアについて話すことに対する不安や、どのように話したらよいのかの教育・訓練を受けていないこと、話し合うための時間の確保が難しいことなどがその理由として挙げられています。しかしこれは上野氏の友人たちの気が進まない理由とは異なるようです。上野氏の友人たちが懸念しているのは、将来どのような状況になるのかわからないのに「この治療はするが、この治療は望まない」という事前指示書(つまり誓約書)に印を押すことを患者に迫ることに対するためらいのように感じられました。治療の選択肢や、患者や家族の思い、どのような治療を望むかということはその状況や経緯によって変わります。予想もつかない将来の状況のなかでどのような治療を受けるかを、今から決めてサインをするなんて私も嫌です。ここでの大きな障害は、この書面にサインをするということではないでしょうか。この言質を取られるということ、それを書面に証拠として残すということは、あとで「気が変わった、状況が変わった」ということが許されないような気になり多くの人が躊躇するのは当然のことのように思います。アメリカにおいても、話し合いをすることは受け入れてもアドバンスディレクティブ(AD)にサインをすることを拒否する患者は多くいます。また、本人が元気であった何十年か前に書かれたADの中で望んでいた治療方法が、健康状態も家族構成も変わった今の時点で望む治療法であることは稀です。このようなADの有効性についての疑問から、アメリカでのACPは将来の治療選択を書面に残すことから、患者との会話をとおして患者の価値を知ることを重視する方向へと過去20年ぐらいの間に変わってきています。
 事前に患者と家族・医療者が話し合って、患者にとってなにが大切なのか(価値)を知っていると、患者本人の意思決定能力が失われたときでも家族と医療者が話し合って患者の価値を反映する治療方法を選択することが可能になります。例えば、本人の大切にしていることが「家族と一緒に食事をすること」であれば、気管切開あるいは経管栄養をはじめるのかの決定を家族がしなければならなくなったときに、患者が望むと思われる治療を推察することが可能になります。この話し合いを重視したACPの考え方は、現在厚生労働省が進めている「人生会議」と類似しています。しかし、上野氏が記述しているような家族や関係者がわいわいがやがや語り合って共同意思決定するというものとは違います。話し合いの焦点は、患者の価値を知ることであり、アメリカでよく使われているSerious Illness Care Program1)の例では、患者の1)goals, 2)fears and worries, 3)sources of strength, 4)critical abilities, 5)tradeoffs, 6)familyについて聞くことにあります。ですから家族や関係者などの声の大きい人の意見が通るというものではなく、患者の話を聞くことに重点が置かれています。
 上野氏は、「事前指示書が助けるのは家族や医療者」であって本人ではないことを皮肉だと言っていますが、これは自分で意思決定をできなくなったときに本人に代わって意思決定をしなければならない家族や医療者を助けるためのものであることに違いはありません。患者本人がサインした指示書は、訴訟を恐れる医療者や難しい話し合いを望まない家族にとっては都合の良い証拠になります。しかし実際には指示書があっても、家族や医療者は本当にこれがこの人にとっての最善のケアなのだろうかと悩みます。エンド・オブ・ライフの意思決定をしなければならないときに、約2/3の患者は決定能力を喪失しているといわれています2)。話し合いをして患者の価値を知っていたとしても、どの治療が真に患者の価値を尊重することになるのか、家族は悩みます。それでも「お父さんは家族と一緒にご飯を食べるのが一番楽しみだと言っていた」話し合いの記憶は、家族が「お父さんがこの場にいたら気管切開を望むだろうか」を考える助けになります。ACPの話し合いをしていた家族では治療法決定に関する家族内でのいさかいや、患者の死後の鬱や不安の症状が少ないという調査報告3)があります。ですから、ACPの話し合いをすることは、患者が将来難しい延命治療の判断をしなければならない家族を助けることに他ならないのです。患者にACPを勧めるときに「これは家族の心の負担を軽減するギフトなのだ」と説明している医療者もいます。
 高齢化・多死社会が進む中、医療者だけでなく多くの市民がどのように人生を最期まで生きるのか、またどのようにそれを支援していくかを模索しているのだと思います。そんななかでACPや人生会議への関心が高まっているようですが、形だけを重視したACP導入が先走りして単に事前指示書を書くことや、心肺蘇生をする・しないの承諾書を強制するようなACPでは、真の意味で患者の価値に沿った医療を提供することにはならないと思います。この度、医療者ではない著者による一般市民向けの同書を読む中で、ACPがこのような形で社会に受け取られ、使われる可能性があることに気づかされました。ACPの導入を指導する立場に立つことの多い緩和ケア医療者として、心ある医療者が躊躇をつぶやくようなACPではなく、患者・家族・医療者が一緒に悩みながらも患者にとっての最善を選択することを支援できるようなACPの形を考え、普及していくことの重要性を考えさせられました。

1)Ariadne Labs. The Serious Illness Conversation Guide.
 https://www.ariadnelabs.org/resources/downloads/. Accessed 06/13/2021.
2)Silveira MJ, Kim SYH, Langa KM. Advance Directives and Outcomes of Surrogate Decision Making before Death. New England Journal of Medicine. 2010;362(13):1211-1218.
3)Chiarchiaro J, Buddadhumaruk P, Arnold RM, White DB. Prior Advance Care Planning Is Associated with Less Decisional Conflict among Surrogates for Critically Ill Patients. Annals of the American Thoracic Society. 2015;12(10):1528-1533.

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