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Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.89
日本緩和医療学会ニューズレター
Nov 2020  89
よもやま話
腐沼の底から、一般的な死生観について考える
君津中央病院
佐々木(武村) 史

 数年前から約半年もの長期休暇取得を計画していた。海外を含め、体が元気なうちに旅行しまくろうと思っていた。ところが、コロナがやって来て、どこにも行けなくなった。
 これは本当に運命的な出会いとしか言いようがないのだけど、たまたまその直前に、或るドラマに大いにハマり、その滾る想いをどう処理して良いか分からず、気付くと「二次創作」という分野に足を踏み入れていた。一般に出回っているドラマや漫画、小説などが「一次」であり、そういった既存の作品を元に、その登場人物達による物語を勝手に創作するものを「二次創作」という。詳しい説明は敢えて避けるが、その中でも、とある分野は「腐ってる」と形容されることが多く、そこにハマる女性を「腐女子」とか「貴腐人」などと呼ぶ。泥沼にハマることから転じて、その分野にハマることを「沼る」とも言う。そういう世界があることは以前から知っていたし、いわゆるコミケなどに群がる熱狂的な人種を産み出していることも知っていた。しかし、私自身が不惑も過ぎて今さらここまで惑わされるとは思ってもいなかった。こっちが精神科医だと知らない読者達は、私が知識や経験に基づいて創り出す物語に、「キャラ振れしない」「これまで読んだ話の中で一番納得がいく」「人物考察が深い」などと誉めそやしてくれ、気付くとフォロワーが増えていた。
 私が書く妄想小説のファンは、いわゆる一般的な人達だ。コメントやメッセージなどを見るに、医療関係者はごくわずかしか居ないことが分かる。ふと、些細とはいえこの影響力をもって、死生観を問いかけてみるとどうなるのだろう?と思った。その時初めて、自分が言いたいことのために、自分の愛して止まないドラマ内の登場人物を、がん検診で引っ掛かったという設定で作為的に物語を書いた。自分を盲目的に愛する恋人には、言えばきっと仕事(パイロット)にも影響しそうだと思い、言うことすらできない。実際、最終的に告げた時には「死なないで」と言われてしまう。一方、親友のような、友達以上恋人未満な人には最初に正直申告すると、結果云々以前に不安に寄り添ってくれて、何も言わずに仕事を調整して検査にも付き添ってくれる。検査後、病院隣の公園で、車いすの妻に花を摘んで渡す夫という夫婦を呆と眺めていたら、同じ花を摘んで来てくれ、生きることの美しさと儚さを共に噛み締める。正直なところ、この恋人の性格と、友達以上恋人未満の方の性格を考えると、十分有り得そうなエピソードで、格好の材料ではあった。実際、「好きになる人と一生を共にすべき人は違うのかもしれない、ということを考えた」「誰だっていつ死ぬか分からないと思い、身につまされた」といった感想をいただいた。ブックマークや「いいね」も相当数いったが、公表されない形の個人的なメッセージを沢山いただき、改めて、一般の人達は普段、死を意識せずに生活しているんだということを実感した。
 その2カ月後、満を持して、今度は本当にその登場人物がスキルス胃がんで死ぬ話を書いた。1カ月半、化学療法も頑張ったけど体力的に限界となり、家に帰って往診や訪問看護を入れ、体調をみながら大事な人達と小旅行にも行き、家で看取られる話である。そしてスピンオフのように、死から10年後の関係者の話も書いた。その登場人物は皆の心の中に生き続けるし、その人から受け取った愛情が彼らをなんらかの形で助けているし、次世代にも不思議な形で受け継がれている。キャプションに、その登場人物が最終的には死にます、と書いたせいか、閲覧数は伸び悩んだが、個人的なメッセージは前回以上に沢山いただいた。曰く、「今ある時間を大事にせねばいけないと思った」「死んだ後も大事な人の心の中では生き続けていくんだってことを考えさせられた」「自分の生き方がそのまま死に方に反映されるんだと思った」などなど。中には数カ月経ってから、「これまで『死に系』は避けて来たが、さんざん悩んだ末に、〇〇さん(私のハンドルネーム)の書く話ならと思って読んで、もの凄く考えさせられた」といった内容もあったし、遺族という立場の人からのものもあった。
 こんな形で社会貢献になるのか分からないけれど、私は私でその登場人物を愛して止まなかったので、その人が死ぬ話を書くのは凄く辛くて、毎晩泣きながら書いていたから、少しは苦労が報われたように思う。普段の仕事では知り合えないような人達と沢山交流でき、思わぬ形で今後の仕事の糧にもなった。人生万事塞翁が馬。Stay homeに少しだけ感謝。

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