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Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.85
日本緩和医療学会ニューズレター
Nov 2019  85
よもやま話
きっかけは「これでやっと帰れます…」
みんなのかかりつけ訪問看護ステーション緑
吉村 元輝

 私は大学病院で12年間働き、現在は名古屋市内の訪問看護ステーションに在籍している。看護師2年目に勤めていた大学病院で祖父を看取り、その最期の姿に旅立ちの時の尊厳と家族がベッドの傍にいられる有難さを学んだ。これから関わる患者さんへ学びを活かすことが祖父の命からの学びに対する責任と考え、緩和ケアの道を志した。1年後にある脳腫瘍の患者さんへ関わることとなった。患者さんは治らないのであれば自宅に帰りたいと希望し、奥様もご本人の思いに同意された。今のように在宅緩和ケアへのアクセスも容易ではなく、社会資源活用の知識もない中、奥様と相談しながら自宅療養の準備を整えていくことになった。その際に知識や交渉能力の不十分さを痛感し、学びを深めたいと緩和ケア認定看護師を目指し、看護師7年目で資格取得させていただいた。
 その後は緩和ケア病棟や緩和ケアチームに所属し、多くのがん患者さんと関わらせていただいた。夜の緩和ケア病棟ではよく患者さんから「振り返ってみると…」という話を聴く機会があった。ある患者さんは在宅での抗がん治療の生活を振り返り「抗がん剤で辛かったのは点滴をして家に帰って、あくる日は吐き気でずっとゴミ箱に頭を突っ込んでいなければならなかったこと。病院にはいきたくてもいけず、次の受診では吐き気は治まっていて、元気だから病院にいけるって変な話だよね。」とお話をきいた。抗がん治療中の患者さんがちょっと相談したいことや、副作用の辛い時に来訪する医療として、訪問看護が担うべきがん治療中の緩和ケアの役割について考える機会となった。
 その他にも看護師として人として成長させていただく多くの経験をもらい、大学病院勤務を終え、在宅緩和ケアをするため訪問看護師として活動を始めた。訪問看護を始めて感じたことは、在宅看取りを希望したがん患者さんの在宅療養支援は病院の医療職がそのゴールに向けて意思決定支援と在宅チームを編成し、在宅チームもスピード感をもって症状緩和や生き甲斐を支えるコミュニケーションをとり、ゴールに向かっていくことができるということだ。ある種がん患者さんが積極的治療を終え、在宅看取りを希望した時の一つの医療パッケージができていると肌感覚で感じた。しかし訪問看護師として活動すると、慢性疾患や認知症、神経難病などの方への緩和ケアにも携わる。それらの病気の方は昔からのかかりつけの医師が在宅療養支援をして下さることも多く、その場合外来診療の合間に訪問診療をするなどの日常支援をして下さるため、終末期の症状緩和や看取りに向けた意思決定支援、家族への支援など時間的にも人員的にも困難なこともある。先を見越して医療チーム編成の話をするが「長い付き合いで信頼しているから先生を変えたくない」と患者さんご家族が希望することも多く、見据えるゴールとそのための医療資源にギャップを生じることがある。ある筋萎縮性側索硬化症(ALS)の独居女性に訪問することとなった。その方のALSは球麻痺型で嚥下と発声を奪われ会話は筆談で「早く迎えにきて」と、亡きご主人様に向けて筆談する姿に孤独と自立喪失の苦悩を感じた。延命治療は望まずに最期は自然な形で迎えたいと希望し、必要なら苦痛緩和の薬で眠りたいとご本人から意思表示をされた。徐々に病状進行する中で、呼吸困難などの身体症状も出現したが、ご本人が望んだ苦痛緩和目的の医療用麻薬導入は専門医療機関へ入院を条件とされた。しかしご本人は入院すると二度と帰れないと頑なに入院を拒否し、長年のかかりつけ医師による在宅看取りを希望された。薬剤は使用せずNPPVを導入したが、その後さらに症状が悪化しそのまま自宅で永眠された。神経難病や慢性疾患、認知症など非がん患者さんに対しての在宅緩和ケアの普及とスキルアップの重要性を感じた。
 がん患者さんを含め緩和ケアが必要な方が望む在宅療養とは、自宅にいて苦痛に悩まされることではない。身体的苦痛への恐怖や孤独のなかで怯える自宅生活でもない。また、家で最期を迎えることが目的ではなく、家で最期まで生きることが目的である。身体的苦痛があっては悩みを悩むことも、楽しみを楽しむこともできない。自宅で自分らしく生活するためにもまずは身体的苦痛を緩和し、長期の苦悩に寄り添う緩和ケアが必要である。
 冒頭でお話した脳腫瘍患者さんを見送る際に奥様の「これでやっと帰れます…」という言葉に、ただ頭をさげて白い布で覆われたストレッチャーと奥様の後ろ姿を見送ることしかできなかった自分。在宅緩和ケアを目指すきっかけをくれたその命から学んだ、自宅で生きる希望を支えることの支援について、これからも考えていきたい。

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