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Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.82
日本緩和医療学会ニューズレター
Feb 2019  82
よもやま話
英国への長期出張で考えたこと
(2)専門的緩和ケアとComplexity
東北大学大学院医学系研究科 保健学専攻緩和ケア看護学分野
宮下 光令

 英国ではホスピスには疾患を問わず入院できる。英国は日本の半分の人口でホスピスの数は200程度である。全死亡のうちホスピスでの死亡は5%程度、がんに限っても20%未満である。かといって在宅ケアがそれほど進んでいるわけではなく、全死亡の半分は病院である(日本と違うのは20%程度がケアホームで亡くなっていることである)。遺族調査や多くの報告で英国のホスピスの評価は高く、日本以上にホスピスは市民権を得ているので、ホスピスへの入院希望が多くて困るのではないかと思った。
 英国滞在中に2か所のホスピスに訪問したので、ホスピスの入院基準を尋ねてみたところ、2か所とも担当者の回答は「complexity」ということだった。complexityとは何か?と聞いてみたのだが、「症状や社会的な問題など複雑なニードを抱える患者」というような感じで、あまり具体的な答えは得られなかった。
 実は緩和ケアにおけるcomplexityを具体的に明らかにする試みがいくつか進められている。滞在していたCicely Saunders InstituteではC-CHANGEというプロジェクトが動いていた。C-CHANGEプロジェクトは緩和ケアのcase-mix分類を明らかにするもので、費用分析も含みながら量的研究・質的研究を組み合わせ様々なセッティングでの専門的緩和ケアの対象となる患者を分類しようという試みである。IPOS(Integrated Palliative Outcome Scale)などの様々な量的データと質的研究から分類モデルを作成し、別に収集されたデータでそのモデルを検証する。当初は英国の医療システムに沿って作成するが将来的には国際的な発展も目指している。詳細は最近出版されたプロトコルペーパー(Guo P, 2018 BMJ Open [PMID: 29550781])と初期の質的研究の結果(Pask S, 2018, Palliat Med [PMID: 29457743])、CSIのWebサイトなどを参考にされたい。
 他にもこのテーマで最近いくつか研究成果が出版された。Carduffらによる英国の質的研究ではcomplexityとして多次元のニード、併存疾患の存在、難治性の症状、複雑な社会的・心理的問題などが挙げられている(Carduff E, 2018, BMC Palliat Care [PMID: 29301524])。Tucaらによるドイツの量的研究でも同様の結果であるが、要素の抽出にとどまり、具体的な分類を与えるには至っていない(Tuca A, 2018, Support Care Cancer [PMID: 28780728])。なじみがある言葉で言えば「全人的ケア」であるが、それを解きほぐすのは難しいことである。
 わが国では専門的緩和ケアは緩和ケア病棟、緩和ケアチームなどのサービス(プロバイダ)ベースで定義されることが多い。緩和ケア病棟では最近の診療報酬の動きから、入院期間が短縮する方向に動いている。在宅医療の推進と限られた資源の有効利用という点でこの政策が間違っているとは思わないが、「専門的な緩和ケアが必要な患者とは何か」という問題はやや置き去りにされてきた感もある。大事なことは「大きな苦痛を抱える患者が1人でも減ること」であり、そのためには専門的緩和ケアが必要な対象を同定し、限られた医療資源を有効に利用することは不可欠である。拠点病院などで行われている緩和ケアスクリーニングはこのcomplexなニードを抽出できているだろうか。英国でも緩和ケアの専門家の数は十分でなく、今後も顕著な増加は望めないという前提で議論されていると思われる。
 今回、この記事に書いた1つの理由は、C-CHANGEのような緩和ケアの本質を量的に明らかにしようという、一見すると可能かもしれないがものすごい労力がかかり、結果が出るかもわからないプロジェクトに真正面から取り組む英国の姿勢に感銘を受けたことにある。わが国でも緩和ケアの専門家の数は十分ではなく、高齢化がさらに進むなか、早期からの緩和ケアおよび非がん患者への緩和ケアと対象が拡大するにつれ、「専門的緩和ケアとは何か」という議論がなされはじめている。そのなかで、complexityというのは重要なキーワードの1つになると思う。英国をはじめとした海外の研究の成果を待ちつつ、私も日本の専門的緩和ケアをcomplexityという枠組みで少し考えてみたいと考えている。

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