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Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.81
日本緩和医療学会ニューズレター
Nov 2018  81
よもやま話
ホスピス・緩和ケアと私…激動の35年間?
介護老人保健施設 ケアビレッジ箱根崎
施設長  小林 秀正(日本緩和医療学会暫定指導医)

 1983年、医師として仕事を始めた時、まさか、このような時代になろうとは…思わなかった。緩和ケアの分野で、仕事をしている皆さんも同じような思いの方が多いのではないだろうか。外科医を志し、テクニックを覚えるのに必死だった時期の事、へき地勤務をしていて、離島からの救急搬送中に船の中で挿管をした事、地域の学校医として、子供たちへの健康教育でいのちの大切さを話した事…いろいろなことが思い出される。
 がんばって仕事をしようとしても、がんの患者さんと話すことは難しかった。「先生、私はずっと島で過ごしたいとばってん、苦しむとでしょうか?」医師になって3年目の1985年。膵臓がん末期の70歳代の女性に対して、すぐに答えることはできなかった。「今後、どんどん痛くなるとですか?」1990年、食道がん術後再発の男性に対しては、新しい痛みどめが発売されたこと(MSコンチン®の事)を伝えるのが精いっぱいであった。
 1992年、医師になって10年目。がん疼痛治療を学ぶために、福岡の亀山栄光病院の門をたたいた。痛みの治療に少し慣れ、スピリチュアルケアを学んだ。患者さんに対する下稲葉先生の優しい語りかけに接したことは、私にとって大きな財産になったと思う。また、在宅ホスピスケアの素晴らしさを二ノ坂先生に教えていただいた。研究会でのディスカッションを懐かしく思い出す。同じ時期、アルフォンスデーケン先生のホスピス視察ツアーに参加し、ホスピスマインドをさらに学び、視野が広がった。がんセンター東病院の先駆的な緩和ケアへの取り組みを見学させていただいたのもこの時期である。志真先生の熱意をすごく感じた訪問だった。その後、九州大学心療内科で各種心身症やコミュニケーション技術の基礎を学んだことはその後の僕の人生を変えた。その中でも自分の面談をテープで聞いて、皆でディスカッションするという体験は、何物にも代えがたいものとなっている。その後の多くのがん患者さんとの関わりの中で少しだけ自信を持つことができた。熊本に戻り11年間ホスピス医として、入院や在宅で走り続けた。山崎先生をお招きし、熊本県立劇場が満員となった事も大きな思い出である。夜は熊本城を見ながら飲んだ。その後、がん診療拠点病院の緩和ケアチームで仕事をしたのが7年間。あっという間に60を過ぎてしまった。
 今、ほとんどが80歳以上の入所者の皆さんと共に、医師としての第2の人生を歩んでいる。毎日が新しい発見だ。106才になる入所者の女性(認知症はない)が「毎日パズルをしていないとぼけてしまいます」と話された。100人の入所者の中で、3桁引く3桁の引き算が一番速くて正確だ。2桁×2桁の掛け算も普通にできる。あと10年生きて、日本最高齢者になって、インタビューに同席させていただくことを約束した。他の皆さんにも長生きの秘訣を伺うと「肉を食べる事です」「のんびりすることです」「漬物を食べる事です」「梅干しを食べたのがよかったのでしょう」「川で採った小魚の佃煮を食べてきました」と、いろいろな答えが返ってくる。人生の大先輩の教えは尊い。大切にしたいものだ。
 がん患者さん、認知症の患者さん、神経難病の患者さん、多くの皆さんの言葉を通して、私は学んできた。厚労省は『緩和ケアとは、病気に伴う心と体の痛みを和らげること』と定義した。私はひそかに「体と心」ではなく「心と体」にした人に拍手をしている。ホスピス・緩和ケアの技術やこころはすべての疾患に通じると思う。
 生活を支える緩和ケアの技術とこころ。超高齢化社会の中で、地域包括ケアが叫ばれる今日。「がんと認知症」「地域における緩和ケアの教育」などを課題に医師として『人生の午後』を歩んでいこうかと考えている。日野原先生の著書はいつも私に勇気と希望を与えてくれた。『人生の午後をどう生きるか。選ぶ物差し、価値観が必要で、自分自身の羅針盤を持たなくてはならない。午後は午前よりも長いから』60歳を超えて、私のこころに響いた言葉だ。
 ある末期がん患者さんとの話が忘れられない。「先生、私はもうそんなに長くないと思う。もう一度外泊していいですか?」「いいですよ。何かしたいことがあるのですか?」「孫に梅干しのつくり方を教えたいんです。」人それぞれが大切にしていることについて…学んできた。
 激動の35年…だったような気がする。病気や手術で仕事を休んだ時期もあった。その時もそうでない時も多くのスタッフに支えられてきた。「チーム全体で1つの目標に向かって日々学ぶ」今後も大切にしたい言葉である。
 『One For All, All For One』私は、チームの大切さをラグビーというスポーツを通して教えてもらった。私の人生すべてである。来年はラグビーワールドカップが日本で開催される。15人が1つのトライを取るため懸命に敵チームに立ち向かう姿。激しさの中の優しさ。私はそれを確認するために、嫁に頭を下げて、一応了解を得て、こっそりと高額なチケットを何枚も買った。皆さんも何か感じると思う。是非、スタジアムへ!
 1人のラグビー狂からの提案でした。(終わり)

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