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Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.79
日本緩和医療学会ニューズレター
May 2018  79
よもやま話
寄り道
長田在宅クリニック  長田 忠大
 まだ小学校低学年の頃、いつもの通学路を外れて「寄り道」した事をたまに思い出す。当時、筆者は北海道旭川市に住んでいた。父の勤める病院の官舎から、小学校までは子供の足でも10分程だったと思う。通学路は国道沿いにあり、当時でも珍しい自転車専用道路が付設されたまっすぐな道を、真新しいランドセルを担ぎながら一人で歩いて通ったものだ。「通学」にも慣れるといつもの道では飽き足らず、次第に様々な「寄り道」を覚えていった。昭和50年代の旭川は、まだ舗装化が完全に終わっていなく、裏道は砂利道で所々に車の轍で凹んだデコボコ道がたくさん残っていた。雨が降るとそこが「水たまり」になっていた。その水たまりに腰をかがめて、雨あがりの澄んだ青空が反映されているのをずっと眺めていたのを覚えている。道端にはタンポポやシロツメクサの花が咲いており、それらをつまんでタンポポの綿帽子を口でふいたりしながら家路についたものだった。それが、筆者の幼少期の原風景の一つとなっている。登校に10分程の通学路も、下校では時間を忘れて心のおもむくままに「寄り道」して帰った。時間はゆったりと流れていて、毎日が新しい発見に満ち溢れていた。
 時は流れて、1999年に北海道大学を卒業した筆者は、そのまま同大学の第一外科に入局した。当時の教授は、その2年前にPittsburgh(ピッツバーグ)大学から就任された藤堂 省(さとる)先生で、Pittsburgh(ピッツバーグ)大学で肝移植を1,000件以上執刀されて来たspecialistであった。当時の筆者の医療観には「緩和医療」の概念はほとんどなく、自分自身の医学的知識・技術をいかに「効率的に身に付ける」のかに主眼が置かれていた。アメリカの研修医制度を参考にしたカリキュラムでは、5年目までに最難度手術を術者として遂行できることが目標とされており、朝6時からの病棟回診、成書の抄読会、ケースカンファレンスでのプレゼンテーション(検査値含めて全て「暗記」させられた)を毎朝繰り返しながら、先輩医師達の手術助手に入りながら、1年目にして大腸癌や乳癌の執刀医を経験させて貰えた。2年目以降も、年間1,000件以上の消化器癌手術を行う病院や、一晩で心肺停止患者が10件以上搬送される救命救急センターなどでも勤務させてもらった。医師として様々な知識・技術・経験を得ていく上で、大変貴重な機会をいただいたことを今でも感謝している。
 無事に外科学会認定医(当時の日本外科学会は、専門医の取得する前段階の資格として認定医があった)を取得し、大学院に進学した(当時大学院生は「無給」で大学病院に勤務しており、週末の出張や当直のバイトで食いつないでいた)。博士課程の修得論文の作成のために東京の研究所で研究活動を行うことになった。結果として、筆者はここでこれまでの人生で最大の挫折を経験した。研究も結果を残せられないまま心身とも憔悴し、元の臨床活動に戻ったが、今まで輝いて見えた外科医としてのキャリアもどこか色あせて見えて来た気がした。その頃、「緩和医療」と出会った。外科医として、再発して治癒することない患者さんを見続けている中、患者さんから「家に帰りたい」と言葉を聞いた時に、自分のこれからの道筋が見えた気がした。3年前に実家のある山梨県に在宅緩和ケアを目指して小さなクリニックを開設した。開業直後は、右も左もわからないまま進んでいたが、この頃ようやく落ち着いて周囲を見渡すことができる様になったと思う。
 医師として20年経ち、当初は外科医としてのキャリアを目指した訳だが、紆余曲折を経て自分でも思いの寄らぬ形で「診療」を続けている。「人間万事塞翁が馬」と言うが、本当にその通りだと思う。そして今、子供の頃の「寄り道」を思い出さずにはいられない。現在、効率主義・成果主義がどんどん強く求められているが、そのことばかりを追及している人に、「水溜りに雨上がりの美しい空が映えていることに心が奪われるだろうか?」「タンポポやシロツメクサなど名もなき草花に目が届く事があるだろうか?」筆者もこれまで決して順風満帆なキャリアを形成できたわけではないが、この様に「寄り道」ができたからこそ、人生の様々な真実・美しさに気付くことができたと信じている。
 これからの行く道にも、多くの「寄り道」があると思う。今年40歳代後半の筆者にとって、新しい「寄り道」に入ることは少し勇気のいることであるが、今後も気負わずに、前向きな人生を歩んでいきたいと願っている。
 今回、ニューズレター編集委員である山梨大学麻酔科の飯嶋 哲也先生から思いも寄らぬ形で執筆の機会をいただいた。この様な拙い文章で申し訳なく思っているが、大変貴重な機会をいただいたことを感謝している。

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