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Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.76
日本緩和医療学会ニューズレター
Aug 2017  76
よもやま話
チョコレート事件
みずほ在宅支援クリニック
家田 秀明
 2月から在宅訪問診療を専門とするクリニックを開業しました。20年ほど勤めた前の病院では緩和ケアを専門にしていました。緩和ケアチームを組織し緩和ケア病棟を開設し、家にいるかのような、社会の中で過ごしているかのような、家庭や社会のにおい、温かみを含んだ笑いのある風を病院に流すことを心がけていました。一般病棟でも緩和ケア病棟でもがんの患者さんは過去を悔やみ、未来を憂いながら、今を、痛みを感じながら辛い状況に置かされて生きていました。疼痛コントロールの知識や技術がよくなり身体的には苦痛は軽減されてきましたし、メンタルやスピリチュアルのケアもこころがけて不安や焦燥、せん妄、死の恐怖、絶望感や生きている意味や価値の喪失感に対しても軽減できたかと思っています。長年緩和ケアをやっていて、がんに伴うマイナス面をいかに軽減するかに尽力したとはいえ、死の差し迫った末期がんの状態にあってさえ淡々と満足の笑みを浮かべ穏やかに日々を過ごされている方もいらっしゃり、どうしてこのように達観されているのか不思議でなりませんでした。こうした方をよくよく観察していると、ちょっとしたことにも新鮮でいきいきとした感覚を向けていらっしゃることに気づきました。それが本当に辛い状況にあってもです。ふとしたことにも新鮮で別の視点からまるで他人目線でうまく解釈しておられるのです。辛い状況にあってもそこにフッと脱力しそうな笑いや知恵が生まれ、うまくその状況をやり過ごしていけるのです。柏木先生がユーモアの大切さを述べていらっしゃいますが、その巧みな生き方に脱帽するほどです。今まで一生懸命知識や技術を用いてきましたが、こうした知恵といいますかユーモアでしょうか、マイナスをプラスに転じたり、プラスの面を増幅させて、今をいきいきと上手に輝かせていくことに、改めて緩和ケアの奥深さを感じました。病院から家に帰られたあとはどんなふうにこころ持ちや生き方に差が出るのだろうかと思い、5年ほど前から時々患家を訪れ病院と家の違いを見に行くことにしました。自分の家では、自身が主でいられます、主客転倒が起こります。そして他人任せではない自己コントロール感、自律という意識が自然と高まりますし、他人にしてもらうにしても自律の下に、純粋な感謝の気持ちも芽生えてくるようでした。そして自宅においては、落ち着いて、庭の木々の葉っぱや鳥の訪れ、家族の何気ない動きにも優しい笑顔で静かに見ている“ひと”が私には見えてきました。些細なことにふと笑みや涙が顔にでます。どんな環境でも慣れ親しんだわが家には、病院から戻ってくると今までとは違った意識や感覚があるようでした。認知症のある大腸がんのおばあちゃんは明るいと時に恐怖や不安に苛まれますが、薄暗くて静かなお部屋で普段は穏やかに笑顔で過ごされて、非常にかわいい方で愛されています。食事も栄養ドリンクも好きで、中でもチョコレートは大好物でベッドの頭にはいつもたくさんのチョコレート菓子が置かれています。ですから貧血もなく血色の良いおばあちゃんなのですが、たびたび出血があるようで、大腸内視鏡も異常が見当たらないのに、本人も家族も心配です。この前はトイレで用を足した際におむつや便器に真っ黒な汚れや滴りがあり、「大出血」だったようで、私も緊急で呼ばれました。電話の向こうから「死んじゃう・・」って悲痛な声が聞こえてきます。病気の悪化をかなり心配されているようで、私も点滴や止血剤を車に持ち込み急いで往診に出ました。おばあちゃんは大騒ぎです。家族も多量の「血痕」に大慌てです。「こんなに出たんです。」おむつには真っ黒でドロドロと「血」が付着しており、下着にも便器にも床にも滴り落ちています。「大丈夫?・・そうだね。」出血しそうな部位も診察しましたが、奥からは出血はなさそうです。おむつをよく見ると「血痕」は不思議なことにパリパリと割れます・・中に紙も混ざっています・・臭いどころか・・なんだか甘いにおいがします。下着も汚れているようで、シャツをはだけると・・「まあ!」なんとおいしそうな香り!がするではありませんか?部屋を明るくさせてもらっておむつをみると、チョコレートがいくつか溶けて本当に「出血おむつのレプリカ」のようでした。まあなんとうまくできた作品なんでしょう!フッと笑えてきました。決め手はお菓子の包装紙でした!本人も家族も泣くやら笑うやら・・「出血」の原因を突き止めることができて、長年の懸案事項が解決されて、ひと安心となりました。なんだかホッと温かく包まれたようで、緊急往診もなんのことやら・・「在宅なんだなあ」また1つこころが緩むひと時をいただきました。

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