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Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.75
日本緩和医療学会ニューズレター
May 2017  75
巻頭言
花は咲けども 雪が降る準備
KKR 札幌医療センター 緩和ケア科
瀧川 千鶴子
 札幌の桜は例年5月中旬が旬なのですが、今年は4月の終わりに満開を迎えました。当地では、花の順番はなく、ツツジ、梅、桜、こぶしが一斉に咲くので、春の季節感は本州とは全く異なります。今、真夏日のゴールデンウィークでさえ、来月のヨサコイの頃にはリラ冷えがやってきるのを私たちは知っています。暑かったり、寒かったりの心の準備は、例年の様子からおおよそ予測できるので、がっかりすることはありません。しかし、2013年3月3日中標津に襲った暴風雪で車が立ち往生し、車内での一酸化炭素中毒や車外のホワイトアウトが、多くの命を奪いました。3月にこのような激しい気象になるとは誰もが想定外でしたので、不要不急な外出を自他ともに容認したのでした。いまでは冬の天気に各地の降雪量と風力が予報され、外出への警告もされるようになりました。判断力の低下から惨事を繰り返さぬよう、事前準備がされているわけです。
 がん末期や治すことのできない病気であると宣告されたとしたら、その瞬間は判断能力の欠如した状態になるであろうことは、容易に想像できます。しかし、日頃からの教育によって病気や死ぬ話をタブーにせずに語りあわれていたら、そのプロセスが絶望感を変容させる可能性があります。さらに、強いストレスにさらされてもなお、知識、経験、取り巻く環境、感情のコントロールによって、レジリエンスを築くことが可能なのは周知です。避けられない死と生きる力をつける教育および潜在的な克服能力を引き出すことは、緩和ケアの一つであると考えるのは自分だけではないと思います。
 そういえば、冬になるずいぶん前から、母は朝早くからニシン漬けの食材である大根、キャベツ、人参、糠、磨きニシンを準備し、父は庭木に添え木と雪囲いをし、室には食料が保存され、秋味*〔*秋、産卵のために川を遡る鮭の異名。〕を物置に干し、厳しい冬に備えていたものでした。窓ガラスが凍り、透明な雪の結晶が太陽にキラキラ反射するのを、もう現代ではみることができません。文明が進化し、準備や支度をせずとも生活できる時代であるからこそ、子どもから高齢者に至るまで判断能力を養う・あるいは準備能力を培う教育が必要だと考えています。

 多分この人は、鎌倉時代からこのようなことを考えていたのでしょう。
「春暮れて後、夏になり、夏果てて、秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気を催し、夏より既に秋は通ひ、秋は即ち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり、梅も蕾みぬ。木の葉の落つるも、先づ落ちて芽ぐむにはあらず、下より萌しつはるに堪へずして落つるなり。迎ふる気、下に設けたる故に、待ちとる序甚だ速し。生・老・病・死の移り来る事、また、これに過ぎたり。 四季は、なほ、定まれる序あり。死期は序を待たず。死は、前よりしも来らず、かねて後に迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。 吉田 兼行 徒然草」

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